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あれから20年

2001年9月11日の朝、起き抜けの電話で知った同時多発テロのニュース。当時、私はEast Villageに住んでいました。テレビに映る衝撃的な映像。咄嗟にアパートの屋上に行くとWorld Trade Centerからは煙が立ち上り、白い紙吹雪の様なものが舞っているのが見えました。快晴、まだまだ半袖で居られる最高の季節のはずでした。

昼近くにはダウンタウン一帯も粉塵や煙の臭いが立ち込めました。アスベストも相当に飛んだらしくマスク着用を勧められ、やがてユニオンスクエア以北へ退去せよという情報が入ると、午後3時頃アッパーウェストの友人宅に避難せざるをえなくなりました。地下鉄移動組が地上に沸き出ると、小さな半島のなんという人口高密度よ。消防車が激しく行き交い、ものものしいミリタリーは銃を携え厳しい顔つき、一方でやたらと励まし合う庶民。その高揚感がもろに伝わってきて、私でさえ歩きながら意味もなく込み上げてきそうになって。異様な光景でした。

確かNew Yorkはファッションウィークの二日目。ショーを開催できたデザイナーと断念したデザイナーの明暗を分けた話は、後にあちこちで語り草となりました。

途中、知り合いのデザイナーさんがショーのための洋服の束をハンガーラックごと抱えて歩く姿を目撃しました。顔を赤くして号泣しており、声をかけるのも憚られるほどでした。

9月末開催予定だった展示会の準備で、私は頭がいっぱいでした。結果的に展示会は一ヶ月延長で10月末に開催されたのですが、それまでのドタバタ劇、もはや何も覚えていません。...本当に思い出せない!

幸い健康体のまま生きのびることができたわけですが、20年前の今日は、この世の不条理に直面した日であり、シャッターが閉まるように脳天気な人生が終わったと感じた瞬間であり、死を意識した日でもありました。(大変にお恥ずかしい話なのですが、それまでは相当に脳天気な奴だったのです。)そして戦争がはじまりました。

地球儀やグーグルアースで眺めてみると、今私がいる此処、日本は海を隔て大陸から少し距離を置いた素晴らしい位置にあることにきづきます。地理的には争いを俯瞰できる位置にあるかに見えます。クラスの中でイケてるグループに属さず、窓際の後ろ方の席で漫画読んで平和を望んでる子ってな感じかしら。ところが現実はそうはいかず、ことの本質も知らぬまま喧嘩してるグループに属してたりする。

今日は多すぎる情報を遮断し、地球儀を眺める方が良さそうです。なぜあの惨事が起こったのだろう。この20 年は何だったのだろう。

黙祷